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ノーベル平和賞授賞式に際して談話(一般社団法人かたわら・高橋悠太)

更新日:2024年12月11日

12月10日、日本被団協のノーベル平和賞授賞式を東京都内の会場でパブリックビューイングしました。 一緒に歴史的瞬間を見守り、核兵器廃絶への機運を盛り上げようと思ったからです、地域の被爆者3名と、市民計15名とご一緒できたことに、力をもらい、勇気づけられました。


いつもお世話になっている日本被団協・代表委員の田中煕巳さんをはじめとする被爆者・関係者の皆さんの姿を見て、喜びで、胸がいっぱいです。


そして同時に、この世を去った坪井直さん(日本被団協代表委員を務めた)をはじめ多くの被爆者の顔が思い浮かんできました。この場に立ち会えなかったことが悔しいです。(田中煕巳さんが繰り返し、「原爆死没者への償いを日本政府はしていない」と語ったことともつながります。)


田中さんのスピーチは、世界の人々を鼓舞し、指導者に勇気をもって核兵器廃絶へ行動を求めたように感じました。ただ、世界の核の情勢を見ると、あくまで、今日は、「日本被団協の訴えを世界が真剣に受け入れるスタート地点に立った日」であろうと思います。


今回の渡航で、田中さんは、「核兵器は人間とは共存させてはならない」という言葉を使われています。元の言葉は森瀧市郎先生による「核と人類は共存できない」ですが、田中さんの強い意思を感じとりました。核兵器を使わせない、核兵器をなくす、それは私たち市民と、責任ある指導者の行動によって、実現されるものなのだ、と言われているようなきもちで、背筋がのびました。


田中さんは、「すべての人が被害者にも、加害者にもなりえる。世界中で話し合い、ともに求めていこう」と述べました。バトンは私たち次世代に託されました。フリードネス委員長は、記憶の重要性について述べました。私たち新しい世代は、被爆者の体験を世界の記憶にしていくためにできることは何でもやっていかないといけないと思います。これから何ができるか、弊法人の中でも議論を深めようとしています。私たちは、あの日を語ることができませんが、「彼らと出会った記憶」を広げることで、被爆者の記憶を世界の記憶にしていきます。


2024.12.10 一般社団法人かたわら 代表理事 高橋悠太



以下、追記(2024.12.11)

18:00被団協の運動のありのままを語った授賞演説で、田中煕巳さんが、「原爆で亡くなった死者に対する償いは、日本政府は全くしていない」と強調しました。報道によると、「予定外」の訴えを追加したそうで、国家補償を認めていない政府の姿勢を2度にわたって批判しました。それが田中さんの最も訴えたかったことなのでしょう。


先日、ラジオ・フランスの取材を受けた時、「『日本政府は、広島でG7を開催し、被爆者とともに核兵器廃絶を求めている』と世界から見られていると思う」と言われ、ハッとしたのを、思い出しました。「国家補償も、核政策も、被団協が求めてきたものとは、大きな乖離がある」と答えましたが、私たちが向き合うべき課題は深刻です。


「すべての人が被害者にも、加害者にもなりえる。世界中で話し合い、ともに求めていこう」というお言葉は、近年、核兵器廃絶を目指す若い世代が語ってきたことと重なります。具体的には、「何かを受動的に引き継ぐのではなくて、1人1人がどのような社会で生きていきたいか、考えよう。なぜならば世界には12,000発以上の核兵器があり、私たち全員が核の時代を生きる当事者なのだ」というロジックです。今回の田中さんの演説は、そのロジックで頑張ろう、と、激励をいただいた気持ちです。




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